2011年5月26日木曜日
2011年5月22日日曜日
伊達市長の英断

2011年5月17日火曜日
2011年5月14日土曜日
by teamnakagawa
飯舘村にも入って、住民の皆さんのお気持ちを伺い、菅野村長と面談もさせて頂きました。東京では見えなかった多くのことに気づかされました。とくに、菅野村長との面談や、特別養護老人ホーム(いいたてホーム)訪問などを通して、現場が直面する問題を知ることができました。今回は、とくに、飯舘村の特別養護老人ホームについて、当チームの見解をご紹介します。
福島県飯舘村は、福島第一原発事故の影響で「計画的避難区域」に指定され、5月下旬をめどに避難を求められています。国から村民の避難を求められていることに対して、菅野村長は、「国に対して村民一人ひとりの実情に合った、きめ細かく、柔軟性のある対応」を求めています。
村長との面談に先立って、同村草野地区で、数名の方からもお気持ちを伺いましたが、たとえば、同じ農家でも、家畜がいるかどうかで、避難に対する感覚は違いました。「家畜は家族の一員。避難しても、毎日世話が必要」、「なじみのない土地に行けば、人間も大変だが、牛も大変。出る乳の量も半分になってしまう」といった声が印象的でした。
当方からも、「妊婦、赤ちゃんについては避難することもやむをえないが、放射線積算推定量を見る限り、成人についての発がんリスクは、野菜不足や塩分のとりすぎより低く、極端に恐れる必要はないと思います。それより避難生活などによるストレスなどの方が心配です」などと見解を述べました。
実際、致死性の発がんの危険は、100ミリシーベルトで、最大1.05倍と見積もられますが、これは野菜不足によってがんになりやすくなるリスクとほぼ同程度です。塩分とりすぎは、約200ミリシーベルトの被ばくに相当しますし、運動不足や肥満は、400ミリシーベルト程度の被ばくと同じレベルの発がんリスクです。毎日3合お酒を飲んだり、タバコを吸ったりすれば、発がんのリスクは一気に1.6倍となりますが、放射線被ばくで言えば、2,000ミリシーベルト!に相当します。
菅野村長は、村民に向けたがんの啓発の必要性にも理解を示され、今後、村民向けに、当チームの協力のもと、放射線被ばく問題と健康に関する講演会などを開催し、「村民の不安を軽減したい」と応じてくださいました。
(放射線被ばく(積算値)がある量を超えた場合、憂慮されるのが「発がん率の増大」です。私たち「東大病院放射線治療チーム」が「がん啓発」のための講演会等のご提案をしたのは、そもそもがんという病気について、いまだ日本では十分に理解されていない、と考えるからです。今回は割愛せざるを得ませんが、「がんの基本的な知識」を身につけることが、がん大国日本では必須だと考えています。機会があれば、このBlogでもご説明したいと思います。)
菅野村長は、また、村民同様に避難を求められている特別養護老人ホームの入居者らについて、「ばらばらに避難して体育館などの避難所で暮らすより、ホーム施設内に留まっていた方が、本人たちにとっていいのではないか」と語ってくださいました。この言葉を受けて、3名の医師で、特別養護老人ホーム「いいたてホーム」を訪問しました。
突然の訪問でしたが、三瓶政美施設長に詳しくご案内、ご説明をいただきました。ホームは、村役場にすぐ隣接していますが、これまで、中央からの政治家やメディアの訪問は皆無だそうです。(4月29日の当チーム訪問時点)
入居者は、現在107名、定員は入居120名・ショートステイ10名です。職員は定員130のところ現在110名勤務。避難の恐れがなければ、在宅の方も受け入れていけますが、いまのところ受け入れができない状況です。
入居者の平均年齢は約80歳、100歳以上の方もいます。ユニット型のケアを実施しており、ユニット内(10名程度)には家族のような絆ができています。入居者のうち、車イスが60名、寝たきりが30人(経管栄養:15人)で、終末期の利用者も2~3名おられました。震災後も3名が施設内で、家族、看護職員・介護職員に看取られ死亡しています。
胎児、小児の放射線感受性が高いのと反対に、高齢者の場合は、同じ量の放射線被ばくでも、発がんのリスクは高くなりません。被ばくから、発がんまでに多くの場合、10年以上の年月がかかるからです。医師の立場からも、80歳以上の高齢者の避難はナンセンスと言えます。
施設内の放射線量は、どこも1マイクロシーベルト/時以内(鉄筋コンクリート作り)。入居者は屋外には出ることができないため、年間被ばくとしても、10ミリシーベルト以下です。家族といってもよい入居者がばらばらになり、慣れない他の施設へ行って、ストレスを抱えて生活するデメリットは大きく、避難を進めることは“正当化”されないと思います。
施設が存続した場合、施設職員の被ばくが問題になりますが、三瓶所長や相談員の方が、24時間測定した「個人被ばく線量」から推定される年間被ばく量は、7.5~10ミリシーベルト程度で、やはり容認できるレベルです。
住民の個別性を重視した避難を考える上で、象徴的なケースと言えましょう。柔軟な対応を求めたいと思います。
2011年5月12日木曜日
福島原発事故対応、被災地、避難者への復興、ボランテイア対応で、多くの批判、評論が出てますが、本当の対応は自分の目で確認した上での、相手本位の対応が必要で、机上の空論と成らぬよう、自己を戒める文章を見つけました。
倒産の危機に瀕していたWOWOWを短期間で再建した
松下電器産業元副社長・佐久間昇二氏
「君はそれ、自分で確かめたんか?」
私が松下幸之助という偉大な師とお会いしたのは、
二十八歳の時でした。
組合活動をしながら、大阪本社の企画本部調査部で
仕事をしていた頃です。
ある時、幸之助さんが新聞広告に出ていた
某ミシン会社の貸借対照表を見て、
現金を非常に多く保有していることに驚かれ、
その理由を調べるようにと指示がありました。
調査をしたところ、その会社では、
消費者が購入したいミシンを積み立てで販売する
「予約販売制度」を取っていたことが分かりました。
私はその報告書を上司に渡して
用件を済ませたつもりでいましたが、
幸之助さんは私に直接説明に来るように言われました。
当時、会長だった幸之助さんは、
松下正治社長と高橋荒太郎副社長とで、
重要事項を決済する三役会議を開いておられました。
まだ入社四年目だった私が恐る恐る部屋に入ってみると、
幸之助さんが非常に話しやすい雰囲気を
湛えておられることにまず驚きました。
幸之助さんはその予約制度を
松下でもやりたいと考えておられましたが、
私は一通りの報告をした後で
「やるべきではありません」
と結論を述べました。
幸之助さんはじっと話を聞いておられましたが
「君はそれ、自分で確かめたんか?」
と言われました。
つまり、調査会社にやらせたのではなく、
自分の目と耳と足で確かめたのかと。
私が「全部自分で確認しております」
と答えたところ、
「そうか、それは結構や。
ところで君、そのミシン会社は一流やろ。
その一流会社がやってることを、
うちがやったらなぜあかんのや」
とおっしゃいました。私は
「一流会社がやっているからいいと言うのではありません。
この制度を採用することが一流会社として
本当にふさわしいものかどうかで判断してください」
と述べました。すると幸之助さんは
「よし、分かった。やめとこう」
と即断されたのです。
驚いたのはこちらです。
普通なら「後は我々で預かるから」と
いうふうになるものでしょう。
幸之助さんがそうでなかったのは、
実際に現場を見てきた者に対する信頼と、
もう一つは経営者としての「勘」ではないかと思います。
その予約制度は顧客との契約を巡るトラブルが多く、
新聞沙汰になっていたことがよくありました。
松下としては消費者に対して
少しでもご迷惑を掛けるようなことはやるべきではないし、
ミシンの普及が進んで価格が下がれば
その制度自体が成り立たなくなる。
長い目で見れば決してよい制度ではないということを感じられ、
さっと決断を下されたのでしょう。
その時につくづく感じたのは、
私が自分で現場を歩き、自分で確かめて結論を出したのが、
信用を得る根拠になったということです。
現場には宝物が落ちているといわれますが、
絶えず現場を確かめることの大切さをこの時、
身を持って知りました。
また当時から私の根本にあったのは、
社長や上司を間違わせたくない、
会社として正しい判断をしていただきたいという思いでした。
自分が提言することは会社にとって正しい、
と自信を持って言えるかどうか。
そうでなければ本当の意味で
仕事をしているとは言えないでしょう。