2011年4月4日月曜日

4月3日(日)千葉市 晴 気温15℃


原発事故状況

 全く沈静化が見られず、不安が増大するのみだ。飯館村は我が伊達市の直ぐ隣り、強制避難指示適用地域の該当通達が出るのが一番の恐怖だ。

 
 大前研一が避難指示の出し方について政府批判、鋭い指摘をしている。

家族

 東京で働いている子供達、妹の家族が訪ねて来た。大賑わいだ。愛犬は大喜びで皆の顔をペロペロと舐めるので、キャーキャー言いながら逃げていた。

 妹が、今は亡き父の書いた文章を持参して来た。平成7年3月の日付けで、丁度、阪神、淡路大震災の直後の父の絵画個展の案内、美術クラブ発足、会員募集案内の記事だった。

 「焼け跡はあたかも五十年前の三月十日の東京大空襲の下町の姿そのものでした。・・・・いつ何が起きても動じないようにする事が大事と思います。とは言ってもなかなか出来ませんが!」

 父の東京大空襲時、その後の苦労話しは時々聞かされた。息子と今回の震災に対してどのように向き合い、復興させて行くか、日本の将来の方向等について夜、遅くまで話し合った。
 
 愛犬との散歩途中の畑は菜の花が満開だ。福島の家庭菜園はジャガ種芋の植付け時期だが、気が焦ってる。
今週末に福島に戻る予定なので、直ぐに植付け予定だ。

 又、5月下旬の「絵と戯れる会」の発表会も準備しなければならない、これ又、焦ってる。


家族の絆

 人との繋がり、絆が感じられて、始めて人間は生きる事が出来る。

ボランテイア支援活動

 今後の避難者への対応は、この繋がりを大切に考えたい。避難者の傍に黙って寄り添い、互いの存在感を感じることが出来ればと思う。貴方一人じゃない、皆が貴方の傍にいます。貴方の御蔭で私を感じることが出来ます。















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